2007年06月04日

でなければ

 河上徹太郎が昭和十六年に講演旅行で当時の朝鮮半島へ出向いた折のことを牧野伸顕に語るのに、「あちらの文学者と交した話」をして聞かせた。
 文学者の曰く、日本語で書く技術は習得して居て(当時の彼等はものを書くにも日本語を「国語」として使用するやう強要された)、日本語のはうが朝鮮の言葉より微妙なニュアンスを持つことも認めて居る、併し其れでも
自分たちの中には朝鮮語でなければ表現出来ないものがあるのだ、それが書けないのが一番つらい、と語っていた

と。聞いた牧野は世にも沈痛なカヲで
そうですか、それはよくないことですね、異民族に自国語を強要して成功した試しはどこにもありません(共に340頁)

と答へたといふ。

 一個の「サムライ」として永年に亘り外交の道を歩み不如意の中で国の行く末を憂ふヒトの其の重い一言を、河上は後になつて思ひ出す。戦ひに敗れ占領されたことを云はヾ云ひ訳にして己の言葉「でなければ」といふぎりぎりの処を蔑ろにして仕舞つた此の国の「無関心さ、不感症」(同頁)。此の文章の書かれた昭和三十九年から、状況は更に悪化して居る訳だらうか。

 色々なことを考へ乍ら、河上徹太郎の評論集『文学三昧』(新潮社)読了。
posted by wachthai at 23:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | +

2007年06月01日

天体はギッチャギチャ

 何だかだで六月迄此処を放置して居たことを先づお詫びしたい。どうにも腰の据らぬ時期といふのはあるもので本は読んでも其処から何か書くといふのが大層なことに思はれて来てつい月だ酒だといふ別方面に目が行くことになる。
 さう云や昨日は首尾よく晴れたらば満月近い月齢14.3の月がアンタレスと木星とを従へて行く処が見られた筈であつた。今の天球は日暮れ頃には水星金星土星、月の傍に木星、夜半過ぎからは海王星天王星、と全惑星がギッチャギチャと連なり見える一寸凄いことになつて居るのだ。(其れは、一ッには只でさへ見え難い冥王星が惑星でなくなつたことにも一因があるのだけれど。)が、其処は未だ春である。こないだも黄砂が飛び、さうして春の夜は空を朧に霞ませるので余程条件が良くないとつぶさに星を見ることは叶はない。見えぬけれどもあるんだらうが見えねば何とも致し方ない。
 其れで又書き始める気になつた、と云つたらこじつけがましいだらうか。

 今は河上徹太郎『文学三昧』(新潮社、1967)を読み始めた処である。吉田健一の師匠筋だが実は読んだことがなかつた。三好達治の生立ち行く末を詩を交へ乍ら書いた文章を興味深く読んで、もそつと早くに此のヒトの文章を読んで置くべきだつたと思つた。端正、と云はうか。整うはうの「端整」でなしに正しいはうの「端正」である。行き帰りには『正法眼蔵』、今日から第二巻。注を参照し乍らぽつぽつやつて居るので中々進まない。
posted by wachthai at 06:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | +

2007年02月15日

惚れッぽいヒト

 昨日も今日も風が非常に強くて職場の、KURE5-56も効き目のない硝子入り鉄扉がヒトが通る度毎に大きく開いてバッタアン、ブアッッッタアアン、と音を立てる。
 こんな日にきちんと扉を最後迄キツチリ締めて出て行つて呉れるヒトが何だかとても好いヒトに見えて仕舞ふ。

 惚れッぽいヒトになつたみたいだ。
posted by wachthai at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | +

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